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モンスター化する社会

 

学校や先生に過大な要求を突きつける、

いわゆる「モンスターペアレント」と呼ばれる人たち。

 

昔から「そういう」類の人は少なからずいたのかもしれないし、

「そういう」名前を与えられることで、

より社会的に認知されやすくなった、という側面もあるでしょう。

 

でも、やっぱりそれだけじゃないような気がする。

 

「学校と親」という関係においてだけでなく、

社会のあらゆる局面において、おそらく、

モンスターな人たちは

確実に増えているのではないか、と思うのです。

だとしたら、それはなぜか。

 

 

いま、世の中はあらゆる分野で高度化・専門化が進んで、

知識や技術を持っている「プロ」側の人々と、

それをお金を払って享受する「消費者側」の人々との差が、

どんどん大きくなってきています。

 

分かりやすい例で言えば「パソコンが壊れた」時。

説明書のさいごに書いてある

 

「コンセントが抜けていませんか?」

 

程度の原因ならともかく、通常は、

自力で直すなんてことは不可能でしょう。

 

「ケータイが壊れた」「ネットがつながらない」「クルマが壊れた」

 

故障の程度にもよりますが、

昔はお父さんか、少なくともご近所の中で何とか解決できたことが、

今は遠くの誰かに頼まないと、どうしようもなくなっているのです。

 

どこかに、すごく高度な知識を持った人たちがいて、

その分野のことは、その人たちにしかできないという「事実」。

 

これが日常生活の中で当たり前になるにつれて、

意識の中でも「プロ」と「自分たち」がはっきりと区別され、

「自分たちにできないことは、プロにお願いしましょう」

という発想になる。

 

そして、それがさらに進むと

 

「あなた方はプロなんだから、

何でも完璧にできるんでしょう?」

 

という、ある種の逆ギレにも近い発想に

行き着いてしまうという訳です。

 

 

「モンスターペアレント」しかり「コンビニ医療」しかり、

最近の消費者側とプロ側のあらゆる問題は、

このあたりに端を発しているような気がしてなりません。

 

とは言え、経済が成長する限り、

世の中の高度化と専門化は避けられないのだとすると、

こうした現象は、今後拡がることこそあれ、

決してなくなることはないのでしょう。

 

そう考えると、なんだかなぁと、

少し物悲しい気持ちになってしまったりもするのです。

 

 

ちなみに、広告業界においては、

たいていの会社は「モンスタークライアント」です。

こっちも、もう少し社会的な問題になってくれるといいのですが。

 

 

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おっさん広告賞

 

昨年の広告界は、

まさに「ソフトバンク旋風」が吹き荒れた一年でした。

 

白戸(ホワイト)家の一族、特に犬のお父さんは、

もはや社会現象と呼べるほどの人気者になり、

その効果もあってか、ソフトバンクは純増数で1位に浮上、

今もそれを維持し続けています。

 

もちろん、各広告賞でもソフトバンクCMは高く評価され、

まずTCCのグランプリが決定、

ACCはまだこれからですが、おそらく、これもグランプリを獲るでしょう。

と言うか、他にライバルが見当たらない。

 

と思っていたら!

 

やってくれました、「テレビ広告電通賞」。

 

選ばれたのは、「空白の一日」をテーマにした、

黄桜の企業CMでした。

 

江川卓と小林繁が28年の時を経て

初めて対面するというこのCM、

私も何かの番組でその制作過程を見たときには、

同じ広告人としての嫉妬や羨望、

一野球好きとしての驚きや感動、いろんな感情が入り混じって、

背中がゾクゾクっとしたのを覚えています。

 

だから、それが選ばれたことには、

個人的には何の異論もありません。

ただ、逆に言えば、電通賞だからそこまで評価された、とも言える。

それはなぜか。

 

広告電通賞の審査員は、名だたるクライアントの宣伝部長とか、

なんとか部長とか、そういった方がほとんどです。

つまり、簡単に言えば、

40代から50代の「おっさん」が選ぶ広告賞、

と言うこともできる。

 

その「おっさん」審査員にとって、「空白の一日」というのは、

間違いなくリアルな記憶の中にある出来事であり、

それが一杯の酒によって和解するという企画は

間違いなく「刺さる」設定だった。

よって、他のどの広告賞でもなく、「広告電通賞」において、

このCMは最高の評価を受けることとなったのです。

 

 

しかし、よくよく考えれば、もともと黄桜の広告は

「おっさん」に向けて発信されているものであり、その意味では、

広告電通賞でのこの評価は「期待通り」とも言えるでしょう。

 

そして、広告の評価なんてものは、

誰が見るかによって当然大きく変わってくるわけで、

その意味では、

「おっさんが選ぶ」「おっさんのための広告賞」

というものが存在したって、全く構わないと思うわけです。

 

 

ただ、それだったら名前は「広告電通賞」ではなく、

思い切って「おっさん広告賞」とかに変えたほうが、

いっそ分かりやすくていいんじゃないかと

個人的には思うのですが。

 

 

※ちなみに補足ですが、「黄桜」は、

グランプリではありませんがTCC賞も受賞しています。お見事。

 

 

 

 

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決定力不足と日本人

 

サッカーを観ていると、しばしば

「日本人FWの決定力不足」

なんてことが話題になります。

 

国際試合での印象は確かにそうですが、

普段のJリーグでも、得点ランキングの上位に

日本人FWの名前はほとんど挙がってこないのだとか。

でも、どうしてそんなことになるのでしょう。

 

私が思うのは、これはどうも日本人の

「国民性」から来ているのではないかと。

 

日本では、あらゆる成果において、

主役の人と同等、もしくはそれ以上に

 

「裏方さん」をきちんと評価しよう、

 

というような風潮があるように思います。

 

 

サッカーで言えば最後にゴールを決めたFWよりも、

その直前にキラーパスを出したMFのプレーに賛辞が送られる。

 

野球で言えば、タイムリーを打った選手と同じぐらいに、

その直前「右方向への進塁打」を打った選手が褒められる。

 

 

「縁の下の力持ち」の存在にしっかりと注目し、賞賛することで、

チームとしての和や、一体感を盛り上げていく。

また、そんな選手の生き様に思いを馳せ、共感する。

日本人とは、どうも、そういうことが好きな国民なのではないかと思うのです。

 

 

とか言いながら、私は他の国の国民性も知りませんし、

そもそもスポーツにおいて隠れた好プレーを評価することは、

国民性云々以外の、常識中の常識だと言う人もいるかもしれません。

 

しかし、中田ヒデとか、中村俊介とか、

小野とか、松井とか、遠藤とか、稲本とか、

MFでは一流と言われる選手がいくらでもいるのに、

FWでは何年経っても「決定力不足」が改善されないという現状を

冷静に見つめてみると、その背景には、

 

 

「裏方こそが美しいという美意識」

幼い頃からくり返し、くり返し、刷り込まれているうちに、

優秀な選手がみんなMFとして育ってしまう

 

というような事実が、

少なからず存在しているのではないかと思ってしまうのです。

 

 

そう考えると、決定力不足解消のためには

単純にもっと主役をほめよう」ということになるのですが、

日本人がそうしてガツガツし始めると、それはそれで嫌だなぁと。

 

むしろ、「決定力不足」という現象が

日本人の美意識から必然的に導かれる結果なのだとしたら、

サッカー選手だけのせいにしないで、

日本人全員で甘んじて受け入れてみるというのが、

 

実は意外と、正しい答えなのではないでしょうか。

 

 

 

 

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揺り戻し

 

少し頑張ってたCMが、ある日突然「普通」になったりすると、

あぁ、揺り戻しが来たんだなぁ、なんて思ってしまいます。

 

その典型的な例が「NTTドコモ

 

「手のひらに、明日をのせて」というスローガンも

どうかとは思いますが、それより何より、

それまでのTUGBOATがやってた路線から、

ものの見事に、それまでの「ドコモ」な感じに戻ってしまった。

 

こういう時、私はついつい、

その舞台裏である競合プレゼンの場を想像してしまいます。

 

おもむろに演説をはじめるクリエーティブディレクター。

 

「いま、ケータイを取り巻く環境は、

矢継ぎ早に投入される新機種や、各社似たり寄ったりの料金プランで、

すっかり疲弊してしまっています。

それにいたずらに追随することが、果たして、正しいことなのでしょうか?

本当にユーザーが望んでいることなのでしょうか?

 

ケータイの役目は、もっと根本的なところにあるはずです。

 

それは「人と人の心をつなぐ」ということ。

 

不安なとき、寂しいとき。ケータイはいつも側にいてくれる。

その「ケータイ」こそが、ドコモであるべきなのです!

 

もっとお客様の近くに。もっとお客様の心の中へ。

これこそが、いまドコモが発信すべきメッセージです。

 

さあ、いま一度、新しいロゴ、新しいスローガンとともに、

新しいドコモのスタートを切りましょう!

 

 

役員、号泣。

 

 

もちろん、そこまで簡単に行くはずもありませんが、

おおよそのストーリーは、間違っていないはず。

「今はちょっと良くないけど、あなたは本当はできる子なんだから!」

クライアントをほめていい気にさせるのが、

こういった競合プレゼンの、王道中の王道だからです。

私がやれと言われても、たぶん同じことをやるでしょう。

言われてないけど。

 

 

こうして、挑戦的なキャンペーンは、

よくて1年かそこらで、元の路線に「揺り戻し」されることになります。

いま、何を本当に伝えるべきなのか、

その「Answer」なんて、きっと誰も本気で考えてないのでしょう。

 

 

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